最初で最後の、最愛。

忘れよう、朽ちよう。

22歳、最後の言葉。

 

 生きる。俺は血反吐を撒き散らしてでも、這いつくばって、生きてやる。これが、俺の人生だ。

 

家で1人の幼少期

 

 このクソみたいな世の中で、機能不全家族に育った。父親は自殺した。母親が原因だ。5歳になる前に起きた出来事らしい。なぜ俺を置いて逃げたのか。なぜ俺を愛してくれなかったのか。怒りのぶつけどころは、もう居ない。

 

 父親がいた頃でも、母親は育児を放棄して家に帰らず、どこかで遊び呆けていた。俺を目の前にして悲しそうな、何とも言えない父親の顔を、今でも忘れない。

 

 父親が死に、幼い頃から親戚の家をたらい回しになっていた。「酷い親だ」と、みんな口々に言っていた。

 

 小学1年生になると、家に放置された。朝起きると、現金が机の上に放置されている事もあるが、そうでない日もあり、そういった時は、ただただ空腹に耐え、眠りにつくしかない。

 

 夜遅くに帰ってくる母親は、「今日は焼肉食べてきたんだー!」と言う。

 

 「お腹空いたよぉ」と泣きつくが、無視して自室に入って行く。

 

 

 給食。不味いと言う人もいるが、俺にとってはご馳走だった。よくおかわりした。牛乳なんてものも、俺にとっては物珍しかった。不登校の分まで、いつも飲んでいた。これが俺にとっての、贅沢だったのだ。

 

 俺はその頃から、自殺願望を募らせていた。今思い返せば、具体的な理由は何だったんだろう?

 

 わからない。ただただ、死にたかったのだ。生きていて、楽しくなかった。生きる意味や目的は、どこにあるのか。みんななんで楽しそうに生きてられるんだろうか。俺には、不思議でならなかった。

 

バイトしてた中学生

 

 中学に入ると、給食は無くなる。みんな弁当を持ってくるが、俺の母親はそんなもの作らない。ちゃんと親にご飯を作ってもらえる同級生が、羨ましかった。俺は、『母親の味』を知らない。昼ご飯の時間に、1人本を読む。

 

 

 俺はいじめられた。こんなんだから仕方ない。血管が弱くて体育の授業が受けれないんだけど、そういう弱い自分は見下されて、標的になった。

 

 登校拒否になった。学校に行く意味が無い。「学生は勉強をするのが仕事だ」と教師が言った。なら、学生なんて、わざわざ学校に集まる必要が無い。

 

 自分の興味関心ある事柄だけ、熱心に学ぶようになった。その頃の体験が、俺を作ってる。知識の偏りが凄い。

 

 

 そんな話はさておき、中1の終わりぐらいからアルバイトを始めた。「なぜその若さで?」と思うかもしれない。事の顛末を話そう。

 

 母親は、俺が登校拒否した事に苛立ちを隠せなかった。動こうとしない俺を、無理矢理車へ押し込もうとした。泣き叫んでもお構いなしだ。なぜ、そこまでして学校へ連れて行きたいのか。それはただ、世間体を気にしていただけに過ぎない。

 

 家にいたら親に叩かれ、学校ではクラスメイトに殴られる。死にたくならない奴なんているのだろうか?

 

 俺は、上記の性格から、生きる理由や目的について調べた。ニヒリズムがヒットした。そこから、ニヒリストのブログを読み漁るようになり、自分の性格を歪めていく。

 

 独我論や仏教、哲学について学んだのも、この頃か。自動筆記の最中に、ワンネスに気付いた事もあった。

 

 意味や価値なんて存在しない。それは各々が勝手に決めるものだ。なら、俺は学校に意味は無いと決めつけるし、行かない事を選択する。俺は、苦しい想いをしたくない。

 

 親が強引に連れて行ったとしても、裏の出口から出て行き、適当に時間を潰した。その道中で学校に休むと電話した。

 

 そんな生活を続けていると、不審に思ったクソ教師が母親に連絡。不登校がバレる。なぜか三者面談。学校に来いと言うが、「なぜ?」としか思わない。俺は教師に目合わせず、喋る事もなかった。言っても無駄でしかないだろう?

 

 母親は、俺の事を友達に話した。土産物屋の社長。そいつは俺に言った。

 

 「学校に行かないのはいいが、ならば働け。それが嫌なら学校へ行け」

 

 金が稼げる。そしたら、美味い物が食える。この提案に、乗らない理由は無かった。

 

 ここから、中学生のアルバイトが始まる。

 

 

 給料は、盗まれた。

 

 当時の俺は、給料の仕組みを理解していなかった。親の口座に振り込まれ、親が当たり前のように引き落とす。

 

 俺が「給料は?」というと、「そんなもんはもう使ったよ」

 

 アルバイトへも、行かなくなった。

 

高校中退

 

 高校。親は、もちろん金を用意していなかった。払う気すらないと言った。しかし、亡くなった父の遺産が学費分残っており、そこから出す手筈になった。母親が言い出したのか、おばあちゃんが言ったのかは知らない。その会話を盗み聞きしてただけ。

 

 しかし、身内がその遺産をせびり、何を思ったか、金を渡したのだ。

 

 意味がわからなかった。やっぱり俺は愛されていない。再確認した。

 

 

 俺は、離れた高校に行けば地元の奴らとは合わなくて済むし、学ぶ事は嫌いじゃないから、ここでやり直したかった。アルバイトをし、その給料で通う事にした。

 

 話し相手が出来た。陰キャの俺に、陽キャの人達が親しくしてくれて、楽しかった。

 

 数ヶ月して、担任から呼び出される。学費を早く払え、と。滞納してるつもりはなかった。おかしいと思い母親に問い詰めると、俺の給料を勝手に使い込んでいたようだ。どうりで、見たことない衣類で溢れかえってると思った。

 

 悪びれる様子もなく、「あんたの金で靴を買った」と言った。

 

 俺は、高校を中退する事になった。せっかく出来た友達とも、もう会えない。

 

 この頃から、ようやくわかった。俺は、家を出て行くべきだと。

 

彼女との馴れ初め

 

 それからも、飲食業のバイトは続けた。食べ物に執着してるのは、きっと、食事がしたくてもできなかった経験からきてる。バイトしてれば、外食みたいな飯が食える。

 

 幸せだった。楽しかった。仕事も頑張れた。でも、それを快く思わない人もいた。

 

 スーパーバイザーが「社員にしてやる」と言ってくれた。そしたら、俺はお局に嫌われた。虐められた。わざと誤った指示をして、従って行動している所を副店長に告げ口され、俺が間違った事をしている、という扱いを受けた。俺の信用は落ちた。

 

 なんか、どこまでいっても、俺は上手くいかないんだと感じはじめた。当時15歳。初めての、自殺未遂をした。仕事帰りに、車の前へ飛び出したのだ。

 

 

 その時に、神秘体験をした。別の記事で書いたから大体は省くが、神様を見た。無神論者だったけど、俺はその日から神を信じた。

 

 それから3年後、神社で働ける事になった。師匠を持ち、和食や対人関係を学んだ。

 

 修行を終了する時、「お前は彼女を作れ」と言ってきた。「無理だ」と返す俺に、「お前なら出来る」と言ってくれた。根拠の無い発言だけど、なぜか勇気をもらった。

 

 

 能力の幅を広げる為に、ビュッフェへ就職。ここで彼女を作ろうと、心理学の勉強をした。

 

 この会社は都合が良い事に、転勤させてくれた。実家から出たかった俺にとっては救いだ。

 

 一人暮らしを満喫。職場は年上が多いので話しやすい。そこで、1人の女性に一目惚れをした。当時は既婚者。それが、のちの婚約者になる。その日の夜、彼女と情事をする夢を見た。

 

 

 姉御肌で頼りがいのある人だと感じていたけど、俺と2人で話している時、涙を流した事があった。母親が亡くなった話だった。聞けば、彼女には普段の様子から想像もしえない、弱い心があった。

 

 彼女のアンビバレンスに心打たれた。その姿を見て、俺は彼女を抱きしめてしまった。俺が守ってあげたい。そばにいてほしい。そう感じたのだと思う。

 

 彼女もまた、俺の思いがけない行動に、恋したらしい。所謂ギャップ萌え。

 

 双方が同じような理由で、お互いに惹かれていった。「運命の恋だ」と、照れくさそうに言い合う。俺が童貞を捨てたのは、不倫関係だった。

 

 彼女は、何年も愛を感じていなかった。俺は、愛を知らなかった。そういった者同士、自然と深い所まで行く。

 

 彼女は、子供と夫を捨て、俺の所へ来た。俺は身内から逃げ、彼女を受け入れた。お互いに、縛られている物があった。それから解き放たれると、野獣の様に愛しあえた。幸せだった。

 

 コロナで会社が倒産した頃、彼女が妊娠した。色々話し合った上で、中絶を選んだ。東京での出来事だった。

 

 

 そして、今年の2月。彼女は出て行った。俺との生活に耐えきれなくなった。マンネリが来ていた。俺が、彼女を大切に出来なかった。

 

 ここで、人生何度目かの自殺未遂。

 

 俺にとって、彼女の存在が、生きる活力になっていた。愛を感じたいし、与えたい。でも、上手くいかなかった。彼女の居ない生活は、俺にとって苦痛でしかないというのに…。

 

 メールでやりとりするが、頑なに別れたいみたいなので、もう無理だと感じた。風呂にお湯溜めて、手首を切ろうと思った。

 

 アパートに警察が来た。別れたら死ぬってわかってただろうし、かつ、俺がそれを匂わせる事を言ったから。通報してくれたおかげで、今の俺があるけどね…。

 

 

 距離置いてからの時間は、感謝と反省の期間だった。希死念慮に苛まれ、涙を流しつつ、歯を食いしばって生きた。

 

 こんなんだけど、彼女はいつか戻ってきてくれるって、俺は希望を見出していた。

 

 待ってて良かった。ついに、明日、会える。

 

 明日は誕生日。22歳、最後の言葉として、この記事を書かせてもらった。

 

 俺の人生は、自分で言うのもなんだけど、そんじょそこらの22歳とは違う生き様のはずだ。

 

 これが俺の人生だよ。俺は、こんなんだけど生きてんだ。

 

 

 彼女がいなければ生きていけない。愛こそ幸せであると思うし、彼女に出逢うまでの苦難は、この日の為にあったのだろうと感じる。

 

 来月で、付き合って1年。来年まで一緒にいれたら、結婚する予定だ。

 

 今や、俺には、夢や希望がある。闇に包まれた人生に、光が差し込んだのだ。俺はそこに向かって走り続ける。無理なら歩いてでも、例え這いつくばってでも、俺は前へ進む。

 

 生きてやる。もう自殺未遂なんてしたくねえんだ。生きて、幸せを掴んでやる。

 

 愛する彼女と共に生きる。最初で最後の、最愛だから。

 

最初で最後の、恋愛。は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。