頭がフラついて、立ってるのもしんどくなったりする。労働中も嘔吐を繰り返すし、仕事してる状況じゃなかった。
上司の方から休めと言ってもらえるのを期待したが、無駄だった。症状を話しても、聞き流されるだけだ。
俺は自分から休みを申し出たら、「了解」
お大事に、などの言葉は無かった。
俺は元々、髄膜に亀裂が入っている。それが交通事故で悪化したようだ。言語障害もあり、言葉が出てこなくなる。ホールの仕事が出来ないのは、誰の目にも明らかだろう。なのになぜ俺は、働かされているのか。
いや、俺が自ら、働く事を望んでいるのだ。休日に家で1人でいると、己の存在理由がわからなくなり、不安で苦しめられる。何か行動をしていたいし、それを誰かに認識してもらっていたい。だから、ブログを書いてみたりもする。
でも、今の俺は、休日の憂鬱な気分は払拭される。昨日、彼女が泣いてくれた。「長生きしてね」と。
「俺は、明日も命があるのだろうか」
その一言が、彼女を泣かせてしまった。
何か、こうして事故に遭うと、メメント・モリを改めて思い出す。そして再認識するのだ。俺のカルぺ・ディエムは、彼女を愛する事だって。