刺激中毒

今日が命日でもいいように、過去を悔やまず、未来を恐れず、現在を生きる。

ブログを辞める事にしました。

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 文章を書いている時の俺は活き活きしている。生きている事を実感する。これは死ぬまで続く生き甲斐。楽しくて仕方がない。それでお金が稼げているなら嬉しくて、有り難くて、幸せで、どう表現していいかわからないくらい感謝する。

 俺の文章に価値があると認めてくれてありがとう。

 俺が忘れちゃいけないのは、金銭を得る事自体が目的で執筆してる訳じゃないって事だ。

 俺は今まで読者を想定せず、ただ想いを綴るのが楽しくて、思考を言語化してきた。チラシの裏にでも書いておけばいい事をインターネットの海に流して、それを手にした人々と交流を持ってきた。

 幼き頃から執筆衝動が抑えられなくて、木目が見えなくなるくらい学校の机に書き殴った事もある。プリントやノートに、関係ない事をひたすら書きまくって真っ黒に染める。

 そんな調子で今まで来た。

 俺がブログでよく言う事だが、この世界は白紙だ。だからそこに言の葉を書き連ねたい。

 紙を見たら書きたくなる。この衝動は、執筆中毒やハイパーグラフィアにしか解らない。

 園児の頃から変人として扱われてきたが、最近は俺の文章を認めてくれる人がいる。一人、また一人と増えていく。

 「ブログを辞めろ」だなんて師匠に言われた事もあったが、言いなりにならなくて良かったと思う。

 俺は自分を貫けた。これからも。

 昨今、ブロガーと交流する事に興味を持ち出した。幾多数多の人に出逢って、俺はここにいるんだという事を知らしめなければならない。また、多種多様な文章を読んで学びを得て、影響を受けたい。

 俺は、もっと上を目指せるのかもしれない。そこに、希望はある。それは儚い。自分で自分を傷付け、苦しめる事になるかもしれない。それでも大いに結構。自らの意思で選択した事だから、現実を受け入れられる。明らめてやろう。

 向上心や野心、情熱を持って生きていたい。俺に卑屈は似合わない。

 自由に生きよう。これは、愚行権の行使だ。

 俺は長々とブログを書いているが、言いたい趣旨はただ一つ。

 『今日が命日でも良いように、過去を悔やまず、未来を恐れず、現在を生きろ』

 最後に、俺の愛読書・バガヴァッド・ギーターを引用して、はてなブログの最後とする。

 

ヴィヴェーカーナンダは2章の3節に触れて以下のように語っている。

 

この一句を読む者は、ギーターの全てを読んだ者と等しい利益を得られる。この一句にはギーターに込められた全てのメッセージが埋め込まれている*1


アルジュナよ、女々しさに陥ってはならぬ。それはあなたにふさわしくない。卑小なる心の弱さを捨てて立ち上がれ。
(klaibyaṃ mā sma gamaḥ pārtha naitat tvayy upapadyate / kṣudraṃ hṛdaya-daurbalyaṃ tyaktvottiṣṭha parantapa)
—『バガヴァッド・ギーター』 上村勝彦訳、(第2章、3節)

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