愚行権の行使

忘れよう、朽ちよう。

今日、死ぬとしたら?

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 結論から言うと、本当に自分がやりたい事をやればいい。したくない事は極力しない。無駄に時間を費やさない。その為に、興味関心のない、どうでもいい他人とは接触しない。必要最低限の人間関係を構築する。

 俺の場合、一日中彼女と過ごしている。仕事もだ。職場の先輩から仕事に関する事を話し掛けられるが、返事はいつも少なめ。口数ですら省エネ。効率化を図っている。

 最近でいうと、SNSですらやる気が失せた。今の時代、みんな無駄に人と関わりすぎだ。そこにエネルギーを消費して、くだらない事に時間を消化し過ぎ。どうでもいい顔も名前も知らない人に、とやかく言われたからといって病む人もいる。やらなきゃいい。周りがやってるからとか、どうでもいいんだ。周囲の意見ではなく、自分の意見を優先する。難しい事だが、意識して実行していきたい点である。

 俺は、そんな暇があったら彼女と過ごすべきなんだと思った。スマホを触りすぎだったみたいだ。赤の他人に時間を消費するくらいなら、彼女との時間に使おう。そう決意した。

 そして俺は、スマホを捨てる事にした。スマートフォンさえなければ、俺に電話してくる事は物理的に不可能。時間泥棒は嫌いだ。彼女以外と通話したいなどと思わないし、彼女とは朝から晩まで一緒にいるから、電話はしない。つまり、スマホなんていらなくなった。こうして無駄な事は取り除いて、狭く深い人生を歩んでいく。その為にも、改めて考えよう。

 例えば今日が命日だとしたら、誰と時間を共に過ごしたいか?

 そこを突き詰めると、大抵の事はどうでもよくなる。大切な愛する人と一緒に居るのが1番。

 『死』は忌み嫌われ、避けられ、恐れられている概念だ。しかし、それは時に、救いを齎す。人生を明るく変える事すらあり得る。だから、穢れではない。神だ。これが、死神信仰だ。

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