最初で最後の、最愛。

忘れよう、朽ちよう。

眠い眼を擦りながら、それでも画面と向き合って文章を打った先に、何があるのか?

お題「今日の出来事」

 

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クレジット:ぱくたそ(www.pakutaso.com)

 

 

 

 現実で徹夜自慢しても鼻つまみ者になるだけなので、ブログで吐きだそうと思う。

 

 

 仕事が終わって、飯食って、テレビやゲームを楽しみ、風呂に入ってしばらくしたら寝る。そういう生活がとてつもなく嫌いだ。

 

 まるで会社の奴隷みたいな人生を歩みたくない。俺は俺で、一個人としての生産活動がしたい。趣味に打ち込んでいたいのだ。

 

 

 俺だって音楽を聴いたり、お笑いを楽しんだりする。でも、ただ時間や金銭を消費するだけじゃなくて、そこから何か生み出してみたいと思うようになる。

 

 幼い頃からそうだった。図画工作が得意な性分で、物作り自体が、その行動が、俺にとっての娯楽なんだ。今を楽しんだ先にある達成感に満ち溢れたい。その意欲が、今日を生きる活力でもある。

 

 

 音楽で言うとHIPHOPが好きで、成り上がる姿勢を好む。ラッパーになってみたいと思った頃もあったけど、俺はR-指定やANARCHYにゃ勝てない。

 

 お笑いだってそうだ。松本人志島田紳助に勝る話術を持ち合わせちゃいない。

 

 YouTubeだって毎日飽きもせず視聴しているけれど、クリエイターには成れやしない。

 

 

 アウェーには挑まない。これは『孫子の兵法』であり、『一隅を照らす』である。

 

 自分に出来る限りを尽くすというのは、転じて、無理しない事を意味している。

 

 努力次第でディーン・フジオカ福山雅治の美貌を手に入れられる訳じゃないし、自分の能力を活かせる場所を見つけ、そこで花を咲かせたいという想いがあった。

 

 

 それが、ブログだった。

 

 俺が22年歩んできた中で、一番長く続けられているのが文章を書く事。ブログは小学校低学年からやっているから、10年以上書き続けている計算になるか。

 

 俺は書く為に生まれてきたし、これが存在価値だ。眠い眼を擦り、メンソールの煙草を喫みながら、今日も文章を打つ。

 

 シラフで書いた記事よりも、深夜のテンションで絞り出す様に書きだした文章の方が、思ってもみない反響を生む。

 

 

 そうやって、雑記ブログとして色んな種類の記事を投下してきたけど、主に伝えていきたい事は3つ。

 

 『メメント・モリ

 

 『カルペ・ディエム』

 

 『YOLO』

 

 

 俺は、俺が見出した世界観を表現したいし、その為には絵でも動画でもなく、文章が一番適していた。

 

 『死』は俺の人生において極めて重要な主題であり、いつかは肉体を離れる時が来ると、毎朝思っている。良い意味で、希死念慮なんだろう。

 

 俺の死後、ただ何事も無かったかのように世界が続くニヒリズムはとても空しいけれど、少しでも何か遺せるようにと、今日も文章を書いていく。眠ったら、俺の人生が終わるから。

 

 

 スティーブ・ジョブズウォルト・ディズニーは、亡くなった後もこの世界に功績を遺した。その世界観は今でも受け継がれている。それが、とても魅力的で、美しい人生に思えてならない。

 

 少しでもそのような生き方がしたいと、日々考えている。手塚治虫が最期の最後まで漫画を描こうとして亡くなったように、俺も文章を書きながら死んでいくんだろう。

 

 死を思い描く。これが行動理念だ。

 

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