最初で最後の、最愛。

忘れよう、朽ちよう。

『メメント・モリ』の授業を始めます。

 

お題「どうしても言いたい!」

 

https://www.pakutaso.com/shared/img/thumb/PAK752_akunokyouten15205657_TP_V.jpg*1

クレジット:ぱくたそ(www.pakutaso.com)

 

人って、何の為に生きてるんだろう?

 

今日はそれについて聞きたいな

 

という事で、俺の授業を始めます

 

メメント・モリとは?

 

 古代ローマの将軍が用いたとされる言葉で、「死ぬことを忘れるな」という意味です。*2

 

 この言葉について、深掘りしていきたいと思います。

 

人生には考え抜き方

 

 なんで今回、この話をしようと思ったか。まずはそこから話したいと思います。

 

 度々、「若いのに色々経験している」と言われる事があります。俺は褒め言葉を直球で受け止める人間なので、有り難く心にしまっているのですが(笑)

 

 さて、本題。

 

 俺は16の時に飲食業に身を捧げると決意し、高校を中退して蕎麦の修業を始めました。6年間の経験を積んで、能力の幅を広める為、今はビュッフェに就職しています。

 

 こういった話を年上にすると、「俺の若い頃はよく遊んでいたけど~」と言葉が続きます。そして、「なのにお前は、若いのにちゃんと考えてるんだな」といったところへ着地するのです。

 

 ただ、偉そうですが言わせてください。

 

 というか、考えてください。

 

 10代20代という年代は、他の世代に比べて貴重で、とても大切な時期だと思いませんか?

 

 ならば、なんで受動的に時間を消費出来るんでしょうか?

 

 射幸心を煽るだけのゲームは、金銭をドブに捨てているようなものです。くだらない娯楽は、大事な時間を無駄にしているのと同じです。

 

 そんな事に、意義深い時間を費やして良いものでしょうか?

 

 俺は、この点を日々考えています。

 

 『人は何の為に生きているのか?』

 

 哲学で長年考えられてきた問題で、確定した答えは存在しません。ですが、各々が自分にとっての解答を持っている。あるいは、持つべきである。いや、持てる。そう思いませんか?

 

 

 少し話がズレますが、悩みってありますよね。人間関係や健康など、人によって様々な。

 

 質問箱とかでこういった問いに答えているんですが、俺の主旨は大体決まっています。

 

 それが、メメント・モリです。

 

 

 過去に縛られて悶える人。あるいは、未来を恐れて苛まれる人。

 

 全てに言える。人生において確定している出来事は、ただ1つ。それが、『死ぬこと』です。

 

 ここから逆算して、考えてみましょう。

 

過去との付き合い方

 

 まず、過去は変えられない。確定した事象は、一生そのまま。でも、その事実への解釈は変える事が出来る。

 

 例えば、俺は学生時代にイジメられていました。当時は確かにツラかったし、『自殺』の言葉が脳裏によぎった事もあった。

 

 でも、今になって思う。あの出来事がキッカケで、今のように、人生とは何ぞやという、哲学への興味関心が湧いてきた。自己嫌悪に苛まれるほどしんどかったけど、あの体験はとても大切だったし、一生モノの学びを得た。

 

 だからもう、昔みたくフラッシュバックで苦しむ事がなくなりました。

 

未来との向き合い方

 

 未来では何が起きるかわからない。だからこそ恐れる人もいる。例えば老後の不安とか、人によって色々ですが。

 

 ただ、そんなものは、時間を無駄に消費しているだけではないでしょうか?

 

 明日も命があるという保証はありません。今日がアナタの命日かもしれません。だからこそ、考えてほしいのです。

 

 今日死ぬとして、アナタは本当にその過ごし方で良いのでしょうか?

 

 ここで、『メメント・モリ』に繋がるもう一つの言葉を紹介したいと思います。これも古代ローマの言葉で、『カルペ・ディエム』と言います。*3

 

 和訳すると『今を生きろ』

 

 死を否定的に想う人もいます。それは深淵の闇みたく恐ろしくて、避けたい真実かもしれません。ですが、誰であろうと必ず訪れる未来なのです。

 

 そこから逆算して、どう在りたいかを考えてみましょう。

 

 それは誰かにとって、エンターテイメントかもしれないし、クリエイティブもありでしょう。飲食業に人生を賭ける事だって面白いと思います。

 

 俺が考えられていないと思う人は、ただ奴隷の如く生きている人。

 

現在への取り組み方

 

 大人の言葉に、視野を狭窄して聞き入れている子供。上司の命令に、思考を省略して受け入れている部下。

 

 考えろ。本当にそんな人生でいいのか。

 

 他人の課題へ介入するな。自分がやるべき事をやれ。

 

 手垢のついた表現ですが、芸能人が不倫しようと、薬物に手を染めようとも、アナタの人生に何の問題もないはず。なのに、なんでそんなしょうもないネットニュースを読んでいられるんでしょうか?

 

 低俗なテレビ番組も見なくていい。そんなことしている暇あったら、ちょっとは勉強した方が身になるでしょ。

 

 今日死ぬとして、本当にそんなことをしていられる?

 

 例えば家族と過ごすとか、友達と遊ぶとか、恋人と過ごすとか。そういった事柄の方が有意義な人生になる。命日に赤の他人の心配なんて、していられないでしょう?

 

 どうでもいい事は無駄に考えて、そうやって日々を過ごして、いざ死ぬ前になったら何を想うんだろうか。

 

理想への突き進み方

 

 コーネル大学の研究によると、"最も苦しめる後悔は、「理想の自己」として生きることができなかった後悔"であるとされています。*4

 

 つまりは、行動しなかった過去を後悔して、死んでいくんです。

 

 さて、ここでもう一度、考えてみましょう。

 

 アナタはそういった最期を迎えたいですか?

 

 もしそうしたいなら、そうすればいい。でも、これを読んでいるアナタにはオススメしたくない。だから言わせてください。「考えろ」と。

 

 失敗への後悔なんて一時的で、時間が経てば無かったようになる。でも、挑戦しなかった後悔は、いざ死ぬ時にアナタを苦しめる。

 

 

 アナタがやりたい事はなんだろうか。どういう人生を歩みたいだろうか。

 

 大事なのは想像力。考えましょう。一度きりの人生を、どう過ごすか。

 

言葉こそ取り扱い方

 

  数多くの最期を看取った介護人が、人々から聞いた言葉をまとめた本、『死ぬ瞬間の5つの後悔』によると、死を目前に後悔する事柄は下記の通り。

 

「死ぬ瞬間の5つの後悔」は、「自分に正直な人生を生きればよかった」「働きすぎなければよかった」「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」「友人と連絡を取り続ければよかった」「幸せをあきらめなければよかった」である。*5

 

 自分の意見を押し殺してまで、他人に合わせて生きるのは、その場しのぎに良い選択肢なのかもしれない。でも、人生という大きな括りでみた場合、その過ごし方は正しいと思いますか?

 

 アナタはアナタの人生を生きるべきで、周りの顔色ばっかりうかがってても、自分の人生を生きているとは言えない。他人の人生に、脇役として出演しているに過ぎない。

 

 主役は誰だ? 主人公は誰だ?

 

 そのストーリーを考えてる脚本家も、アナタであるべきでしょう。

 

 これは、自己中心的に、他人の心情を慮らなくて良いという訳じゃない。

 

 さっき言った通り、大事なのは想像力です。考えてみましょう。

 

 例えば、SNSに溢れている誹謗中傷の数々は、望ましい使い方ですか?

 

 メメント・モリやカルペ・ディエムを意識して生きる中で、言葉の扱い方は大切になってきます。

 

 綺麗事を言うつもりはなく、事実だと思うからこそ言います。一人で生きている訳じゃない、と。だからこそ、恩返しが必要なんです。

 

 俺は初対面の人に料理を提供する事で、幸せな時間を過ごしてもらっています。「ありがとう」や「ごちそうさま」が、やりがいを与えてくれる。

 

 

 言葉は、時には鋭い刃の如く、他人の心を突き刺す事だって出来る。

 

 包丁は、調理に使えば人を笑顔に出来る。でも、これで人を殺める事だって出来る。要は、使い方。

 

 考えましょう。アナタは言葉をどう扱うか。

 

人間には押し立ち方

 

 全世界でベストセラーになった著書、『サピエンス全史』によると、ホモ・サピエンスは虚構を信じる能力によって、現代まで続く文明を築き上げてきました。

 

 俺が嫌いな単語、『常識』も虚構であると解釈しています。誰が言いだして誰が決めたかもわからない事柄に、人はしがみつきすぎです。

 

 人は他人へ実害を与えない限り、自由であるべき。そう考えて、日々生きています。

 

 時に人は、大して考えていない者から心無い物言いをされるかもしれない。でも、そんな言葉に一々耳を傾けていてはいけない。

 

 凛として、己を貫く。自分がやりたい事を、やるべき事を、ただひたすらに熟していくだけ。俺はただ、過去に縛られず、未来を恐れず、今を生きてる。

 

 

 ここまで読んでくださったアナタ、考えてください。

 

 アナタが情熱を注げる事柄は何ですか?

 

LET'S THINK!

 

 偉大な哲学者・ソクラテスは、『善く生きる』を説きました。端的に言うと、"善く生きるとは、美しく、正しく生きること"*6

 

 アナタには、自分の考えに基づいた信念があるでしょうか?

 

自身の考え(あるいは、「ダイモニオン」)に従い、おかしいと思うことは相手が誰であろうと忌憚無く問い、正しいと思うことは誰に反対されようとも実践すべきであることを身を以て示した。*7

 

 さらに問います。その信念は、本当に正しいんでしょうか?

 

 ソクラテスはもう一つ、無知の知という言葉を遺しました。「自分は何も知らないという事を自覚する」という意味です。*8

 

 さて、今一度考え直しましょう。

 

 いかに生きるか?

 

LET'S THINK!

 

参考文献・出典

 

www.lifehacker.jp

diamond.jp

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