最初で最後の、最愛。

忘れよう、朽ちよう。

24時間戦えますか?

お題「好きな作家」

 

https://www.pakutaso.com/shared/img/thumb/307TSURUTAMA20211_TP_V.jpg*1

クレジット:ぱくたそ(www.pakutaso.com)

 

 いわゆる『社会経験』とやらは、同級生に比べて早かった。なんなら、上級生よりも先にアルバイトをしていたくらい。中1の時から学校に行かずに働いていた。

 

 俺には、小学生の頃から「社長になりたい!」という夢があって、小5か小6くらいから「中学生になったらアルバイトをはじめる!」と豪語していた。

 

 同級生がよく「因数分解なんて大人になっても使わない! 数学の授業なんて時間の無駄だよね!」と言っていた。そう思っていながら、大人しく椅子座って勉強しているんだ。不思議でならない。

 

 無駄だと思うならそんな授業受けなきゃいいし、その時間を自分が好きな物の為に費やして、有意義な過ごし方をする方が、人生の豊かさに繋がるであろう。

 

 そう思って、俺は学校に通わず、職場に通っていた。働いて、働いて、周りよりも経験を積みたかった。いや、周囲が云々と言うよりも、自分の夢を叶えるにはそれしかなかった。

 

 

 俺のお爺ちゃんが実業家で、会社をいくつか持っていた。幼心にその姿をカッコイイと思っていたし、強い憧れを抱いていた。だから、『社長』という肩書きに執着するようになって、俺も起業すれば面白い人生を歩めると考えるようになった。

 

 事実、俺は今、楽しくて仕方ない。よくブログで言うが、「今日死んでも幸せだ」と思いながら日々生きるようにしている。

 

 中学生くらいから、座右の銘メメント・モリ「カルペ・ディエム」を選んだ。因みに、高校生くらいからそこに「YOLO」を追加した。俺の世界観に共通する格言は大体大好きだ。

 

 

 俺は、今日が自分の命日だと思って生きている。だから、今できる限りのことを、やりたい事をやりまくって、満足して死にたい。

 

 だからこそ、俺は「仕事が楽しい」という想いを大切にしたいし、そういった事を口にする人も好きだったりする。

 

 

 ワーカホリックと言われればそれまでなんだけど、ワークライフバランスみたいな、労働と人生を区別する考え方は嫌いだ。ついでに言うと、『労働=苦痛』という捉え方もあまり好きではない。奴隷みたいじゃん。その人生。

 

 社畜と言われればそれまでなんだけど、俺が大好きな業界である飲食業に骨を埋める覚悟だし、この仕事が大好きで働いている。ただ金儲けの為にやってるそこらへんの奴等とは違うんだぜ。

 

 で、落合陽一さんが提唱した『ワークアズライフ』という生き方を尊重する。

 

 端的に説明すると、「睡眠時間以外は仕事」、「仕事は趣味」という、何ともストイックな生き方。

 

 

 前に俺へのリプライで「ブログ記事めっちゃ書いてますね」みたいなツイートを貰った事がある。

 

 なんでそこまでストック出来ているのかというと、短く言えば文章を書く事が好きで好きでたまらないからだと思う。想像力を働かせる仕事が大好きなので、ゆくゆくはこれをマネタイズしていけるように企んでいる。

 

 

 それはさておき、綺麗事抜きにして、金は大事だと思う。でも、それ以上に、何かを作るっていう創作作業が大好きで、やりたくてたまらないからやってる。誰に頼まれた訳でもないのに、明日は(厳密に言えば今日)開店作業を朝からやらなきゃいけないというのに、それでも徹夜してしまう節がある。

 

 だって、明日も命があるという保証は無いじゃん。だとすれば今やりたい事を後回しせずにやるべきだし、それくらいの姿勢で絶え間なく努力しながら生きていきたいものだよね。

 

 

 最近特に思うんだけど、寝たら終わりだと思ってる。なんか、睡眠って死に似てるんじゃないかっていう、漠然とした想いがあるから。

 

 だから今もメンソールの煙草で目を覚ましながら文章を書いている。

 

 よく思うんだけど、無駄に長く生きるくらいなら、濃密で短い人生の方が、精神的な豊かさがあると思うんだよね。だから、そういうキャリアプランを築き上げていく。

 

 その為に、今を楽しむ。その積み重ねが充実した人生を完成させると思っているし、この人生を終えた後も何かが残るであろうと考えている。

 

 これが、文章を書き続ける理由だ。

 

最初で最後の、恋愛。は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。