最初で最後の、最愛。

忘れよう、朽ちよう。

神の存在証明

 

お題「最近知った言葉」

 

f:id:juliajewelkali:20200205020029j:image

 

 

神様って存在するのかな?

 

頭を沸騰させる問題だね

 

存在することは知覚されることである

――ジョージ・バークリー

 

宇宙論的証明

 

 今回はあくまで哲学の立場において神を語るので、宗教に見られるような人格神については扱いません。なぜなら、神話において登場する、人間に容姿の似た神が存在するとか、根拠が無いに等しいからです。

 

 しかし、哲学者であり聖職者のバークリーは、論理的に神の存在を語ろうと試みました。

 

わたしの目の前の机もわたしの身体も世界すらもわたしが知覚する限りにおいて「わたしの心の中に存在する」のであって、実体とは、このような同時的なる観念の束(英: bundle or collection of ideas)であり、その原因は神である。*1

 

 独我論に類似した思想です。しかし、アナタはこれを論破出来るでしょうか?

 

 例えばアナタがどこかの玄関にいるとして、「この建物の中にはトラがいる」と言われたとしましょう。信じられますか?

 

 中に入って確かめない限り、「トラがいる」などとは思えない。トラが視界に入った時にはじめて、そこにトラが存在するとわかるのです。

 

 この世界そのものも、アナタが知覚しているから『存在している』と認識できる。つまり、この世界が始まった最初の原因――『第一原因』――は、ビッグバンでも天地創造でもなく、アナタの知覚から始まっているのです。

 

 心――あるいは意識――こそ、神そのもの。

 

 だから、冒頭で人格神を否定させてもらいました。

 

 このような神の存在証明を、宇宙論的証明』と言います。

 

 懐疑主義で有名な哲学者デカルトは、森羅万象を疑っても、自分の存在だけは否定できないとしました。これを、「我思う、故に我在り」と言います。

 

 アナタが存在するから、世界は存在するのです。

 

宇宙論的証明への否定・批判

 

全てのものには原因がある、と前提しておきながら、第一原因というそれ以上原因をもたない極点を措定するのは非論理的

神の存在を証明する4つの方法 - 星の動く音がうるさい

 

 つまりは、「神が存在するなら、それにも原因あるんとちゃうんかい!?」って事です。そうやって考えていくと、延々と終わりない。これを、無限後退と言います。

 

 では、哲学者はどうやって神の存在を証明出来るのでしょうか?

 

目的論的証明

 

 「完璧なこの世界は、偶然で誕生したのではなく、設計者が居ると考えた方が筋が通る」とするもの。インテリジェント・デザイン

 

 これの論破は簡単で、「完璧」という解釈は人の主観に過ぎず、前提からふわふわしているのです。

 

 しかし、神の定義から入る存在証明もあります。

 

存在論的証明

 

神は最も完全なものである、その完全性には存在も含まれていなければならない、故に神は存在する*2

 

 この前提は「もし神が存在するなら」というものであって、『神は在る』という根拠にはなってない。よって、これでは証明した事にはならない。

 

道徳論的証明

 

カントは「証明なんてしなくていい、っていうか論理による証明をしようとすること自体間違っている。人間が善く生きるために神が必要なのは当たり前じゃないか」と考えたのである。*3

 

 清い思考停止である。

 

不可知論

 

 哲学史に偉大な功績を遺したソクラテスは、「神のみぞ知る」という有名な言葉を発した事で有名です。

 

はかない人間ごときが世界の根源・究極性を知ることなどなく、神々のみがそれを知る、人間はその身の丈に合わせて節度を持って生きるべき*4

 

 『神』という概念が本当に実在するのであれば、その全貌を人知で理解出来るはずもない。

 

 神が存在するともしないとも言わない。「わからない」という立場をとる。このような考え方を、「不可知論」と呼びます。

 

不二一元論

 

 人間の知性では無限後退に陥って理解出来ないとしても、世界には何らかの始まりがあった事は確かです。この第一原因をブラフマンと呼称します。

 

 次に、「私」にも何らかの始まりがあったのも確実です。それは肉体でもなく、精神の方。自我が誕生した根本原理、これをアートマンと呼びます。

 

 この二つは同一であると考えるのが、不二一元論です。

 

 宇宙論的証明の件でも触れた通り、自分が知覚しているから、この世界は存在するのです。ならば、この世界を創造したのも維持しているのも、そして破壊するのも、自分なのです。

 

 例えば、楽観主義者にとって世界は天国だし、悲観主義者にとっては地獄になります。

 

 

 これまでに紹介した神の存在証明は、全て否定されており、神が在るという確たる根拠が見つかっていません。

 

 ソクラテスは、知ったつもりにならず、知を吟味し続ける事の大切さを唱えました。ならば、神についての哲学をこれからも続けていく事が大切なのではないでしょうか?

 

 不二一元論者のラーマクリシュナは、こう言いました。

 

「神を知ることは可能だ」とラ-マクリシュナは言う。「それは、あなたのハ-トのなかに埋もれているダイヤモンドのようなものだ。それを見つけたとき、あなたはほんとうのよろこびを知るだろう。 それを見つけるまで先に進まなければならない」*5

 

関連記事

 

 

 

juliajewelkali.hatenablog.com

juliajewelkali.hatenablog.com

juliajewelkali.hatenablog.com

 

 

参考文献

 

jougetu.hatenablog.com

kotobank.jp

dic.nicovideo.jp

最初で最後の、恋愛。は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。