最初で最後の、最愛。

忘れよう、朽ちよう。

22歳の誕生日を迎えました

お題「どうしても言いたい!」

 

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今日は忠犬ハチ公の命日だね

 

高木ブー水木しげると同じ誕生日って言ってくれよ・・・

 

という事で、ほしいものリスト公開します

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 度々ブログに書いてますけど、俺はめっちゃ出世に興味関心があるんですよ。

 

 小学生の頃から「将来の夢は社長」という子供でしたからね。今でもこの夢は持ち続けています。

 

 なんでこんな奴に育ったかというと、完全に家族の影響です。

 

 お爺ちゃんは土建屋と駄菓子屋をやっていて、おばあちゃんは花屋、母親はマッサージ屋。そんな家庭に育ったら、自分も会社を持ちたいって思うじゃないですか。

 

 でも、家業の後継ぎになりたいとは思えませんでした。手伝ってはみたものの、モチベーションが続かなかったんです。

 

 そこで選んだのが、飲食業。最初は単純な動機からでした。

 

 「お金貰える上に賄い食えるとか、コスパ良くね?」

 

 これを母親に言ったら笑われたのは、今でも覚えています。

 

 ふざけたキッカケから働きはじめた訳ですが、働いてみてめっちゃ楽しかったんです。俺はこの業界に骨を埋める覚悟で高校を中退し、修業をはじめました。

 

 具体的に言うと手打ち蕎麦です。俺の地元で作られている蕎麦を、ご当地グルメとしてブランド化すると小耳にはさんでいたので、ブルーオーシャンのうちに飛び込む事にしたのです。

 

 なぜ高校生がそんな判断できたかと言うと、アルバイトしていた所がご当地グルメを扱う店だったから。そこで、観光業が儲かる事を教わったんです。

 

 本当は、正社員に昇格する話をスーパーバイザーから貰っていました。でも、雇われ店長じゃなく、ちゃんと社長になかったので断りました。そして、ひたすら蕎麦打ちを続けていました。

 

 そうやって約6年蕎麦を打ちつづけてきたんですが、ある日ふと思ったんです。

 

 「俺、一生蕎麦を打ちつづけるのかな?」

 

 ぶっちゃけて言うと、俺は蕎麦が好きで打ってきた訳じゃありません。ただ、『社長になる!』という夢を叶えたかっただけ。成功するのにご当地グルメが良いと思ったからやっているだけ。

 

 正直言うと、俺が生まれてはじめて食べた手打ち蕎麦がとてつもなく美味くて、そのまま厨房に行って「ここで修業させてください!」と言いました。

 

 なので、蕎麦通を名乗れるほど食べ歩いていません。食べ歩いた蕎麦屋なんて、10軒あるかないかですからね。ただ、この師匠の元にいれば美味い蕎麦が打てて、俺は社長として成功者になれると確信しただけです。

 

 手打ちの師匠、ダシの師匠と2人の所に弟子入りして、そのまま独立する予定でした。ですが、上記の疑問を度々想起してしまうようになったんです。

 

 兄弟子はイタリアンをやっていますが、和食や洋食も出来る人です。始めて出逢った時、物凄く尊敬できる料理人だと感じました。だからこそ、「俺は蕎麦しか出来ない職人でいいのか」と思ったんです。

 

 「料理人」とは名乗れない気がしたから。そんな自分が嫌だった。『飲食業』って幅広い業界なのに、俺は蕎麦打ちしか出来ないままでいいのかと。

 

 一生を蕎麦に捧げていいのかと思った時、心がざわざわとする想いでした。なので、修業を終えた後、和食のビュッフェに就職したんです。

 

 正直、洋食や中華も美味しいと思うけど、このシェフになりたいとは思えないんですよね(笑)でも、『和食の料理人』って肩書きはカッコいいと思って。

 

 元日の抱負でも言っていました。

 

 

juliajewelkali.hatenablog.com

 

 

 バイトをはじめたキッカケと同様、物凄く安易な動機で働いている訳ですが、俺はここで店長になろうと思っています。

 

 新年の抱負は15日で挫折する人が多いと言いますが、俺は諦めるつもりありません。

 

 上司からは「2年待ってくれ」と言われていますが、今の研修をさっさと終わらせて次の段階へ進みたいと考えています。

 

 出来れば、今年中に。

 

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