最初で最後の、最愛。

忘れよう、朽ちよう。

アナタはアドラー心理学を用いて生きられるか?

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 
幸せになる勇気

幸せになる勇気

 

 

お題「どうしても言いたい!」

 

 

 

チャオ!

 

忘れ去られた心理学カテゴリーを久しぶりに更新します!こと

 

ビッグボーイですううう!!!!!

 

 

 

アドラー心理学

 

 アドラー自身は自分の心理学について、個人心理学(ドイツ語: Individualpsychologie)と呼んでいた。それは、個人とは分割できない存在である、と彼が考えていたことによる。*1 

 

 

健全な劣等感とは他者との比較ではなく、理想の自分との比較から生まれるものだ

 

 他人と比べる人生というのは、他者からの評価が人生の主題になっているという事です。それって自分の人生なのでしょうか?

 

 今一度考えてみるべき問題ですね。

 

 自分の人生を歩むからには、理想の自分、なりたい自分を追い求めることです。

 

 

アドラーはトラウマを認めない

 

 日本だと仏教的な『因果応報』という言葉が浸透しています。無宗教を自覚している方でもこの単語を使うのでは?

 

 アドラー心理学においてそれは否定されています。

 

僕は人見知りだから他人と社交的に接する事が出来ない

 

 

俺の仕事が上手くいかないのは部下のせいだ

 

 

私がこんなに不幸なのは環境のせいだ

 

 

 このように、自分の現状を他人や物などのせいにします。

 

 この考え方を誤りだとするのがアドラー心理学です。

 

 原因があるから結果があるのではありません。現状がそうなっている理由を人が頭の中で勝手に関連付けているだけなのです。こういった考え方は昨日紹介したストア哲学にも似ていますね。

 

 アドラー心理学原因論を否定し、目的論を唱えます。自分の有様を正当化する為に過去の出来事を振り返っている暇があるのなら、現実を受け入れて生きるべきなのです。

 

 「言い訳してる暇があったら行動を起こせ」ということです。

 

 

自分のライフスタイルに従った生き方を

 

 この現実を説明する様々な主義思想が存在します。世界は一つなのになぜこんなにも数多の解釈があるのでしょうか?

 

 アドラーはこれを色眼鏡で例えたと言われています。

 

 青の色眼鏡をかけていたら世界は青く見せるし、黒なら黒な訳です。

 

 みんな共通の、いわゆる客観的な世界を認識していると思いがちですが、個人個人色眼鏡をかけて世界を見ており、それすらもわかっていないのです。

 

 そしてこの主観の世界が山ほどある事を知ったなら、人は自分の主観に従った『ライフスタイル』を選ぶことができます。

 

 だって、なぜわざわざ人に合わす必要があるでしょう?

 

 他人に合わせたつもりでも結局は個人の世界に住み続けており、外に出られる事はないのです。自分に正直になって生きても良いんです。

 

 

対人関係論

 

 人の悩みはすべて人間関係からくるもの。病や金、価値から能力まで相対的な不幸からくると考えられており、これを『劣等感コンプレックス』と呼ばれます。

 

 だからこそ他人からのレッテル貼りを意識するべきではありません。そこには苦悩が付き物だからです。

 

 人は自分の意思でライフスタイルを選び、人生を謳歌すべきである。アドラー心理学を学んで、そう感じました。

 

 

これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについて何の影響もない*2

 

 人が生きているのは現在であって、過去や未来ではありません。特に過去の部分へ大衆は目を向けすぎです。

 

 「自分は過去に失敗をした。だから私の未来は明るくない」と思うのではなく、「過ぎ去ったものは変えられない。これからをいかに生きるか自問自答を続けるしかない」と考えるべきです。

 

 自分が現在において悲惨な理由を過去に求めてはなりません。現状をいかに楽しむか、幸せに生きるか。それが重要なのです。

 

 

自分の人生を決めるのは、今ここに生きる自分自身なのだ*3

 

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