【仏教】高僧のブログに掲載されました!

f:id:juliajewelkali:20191011004226j:plain

お題「今日の出来事」

 

チャオ!

 

知を愛する

 

ビッグボーイですううう!!!!!

 

 宗教の記事を書くのは久しぶりですね。実はブログでは言ってなかったんですが、10月1日からサンガに参加しています。

 

 サンガとは何か。わかりやすく言うと、仏教的な活動をする集団。俺が入った『みんなのサンガ』は、修行を目的とした組織です。

 

  このサンガを発足させたのは、真言宗阿闍梨あじゃり)。わからない人の為に短く説明すると、厳しい修行を成し遂げた仏教界の凄い人です。

 

 で、なんで真言宗を選んだのかも言っておきましょう。

 

 実家が元々浄土真宗の檀家で、幼い頃から説法を聞いて暮らしていました。

 

 「良い事をしたら褒められるし、悪い事をすれば怒られる」

 

 幼心に、因果応報くらいは理解したつもりでした。しかし、15か16の時に神秘体験をしてから信仰心が変わります。

 

 交通事故に遭って、そのとき幽体離脱を体験したのは忘れません。道路で倒れている自分を見ていた時、どこからともなく「神はいる」という声が聞こえ、次の瞬間には純白の世界へ移動していました。

 

 そこに自分の肉体はなく、意識だけがある状態でした。次第に世界が色付き、俺は肉体に魂が戻っていたのです。

 

 俺はなぜだかわかりませんが、しばらく泣いていたのを覚えています。

 

 これが、有神論者になるキッカケです。

 

 そして、この頃から仏教への疑問が湧くようになりました。神の事ばかり瞑想するようになったから、というのもあるでしょう。

 

 例えば、浄土真宗の説法では輪廻転生がよく出てきます。しかし、俺はこう思うようになりました。

 

 「そもそも死後の世界があるという根拠はなんだ?」

 

 浄土真宗の教えに納得できない俺は、別の宗派を勉強しはじめました。幸い、小さい頃から身近にインターネットがあったので、色んな宗派のお坊さんに連絡をとったんです。

 

 その中で、無我の境地について唱えた人が居ました。しかし、それも俺を納得させる事は出来ません。

 

 「森羅万象を疑っても、『疑っている自分』の存在だけは疑いきれない事実だ。この世界は夢幻で実体が無いが、アートマンだけは実在する」

 

 俺の場合、アートマンと神は同じ意味として扱っています。仏様、特に大日如来アートマンと同じと感じているくらいです。

 

 何故そう思えたかと言うと、真言宗のお寺がキッカケでした。そこの住職から大日如来の説明を受けた時、「これは俺の考えと同じじゃないか!」と感動し、その場で檀家になると決意したんです。

 

 そして毎月説法を聞きに通っているのですが、ここでも次第に不信感が募るようになりました。理由は、霊能力だのスピリチュアルじみた事ばかり強調するようになったからです。

 

 幽体離脱を経験した自分が言うのもなんですが、俺は幽霊の存在に否定的です。上記の通り、俺はこの世界そのものを夢幻だと思っているので、幽霊なんてものも居やしない。そう確信しています。

 

 あまつさえ、そこのお坊さんは除霊が出来ると言ったり、超能力を使って病が治せると言います。それで金銭を要求するんです。胡散臭い。

 

 俺は宗教を金儲けの道具として扱う事に対して、漠然とした嫌悪感を抱いているので、離れる事を決意しました。そこで出会ったのが、みんなのサンガだったんです。

 

 実は、向こうの方から「連絡が欲しい」と言われました。

 

 正直言うと、俺の考えは仏教でなければ、神道キリスト教イスラム教でも無いと思っています。事実、俺は魂(=アートマン、神)を信仰しているので、無我を強調する仏教とは相容れないはず。でも、大日如来を唱える真言宗だけは、俺の考えを更新するキッカケになるはずだ、と。

 

 そのいった趣旨をメールしました。上記にあるような話も送りました。返事は予想通りで、『魂は釈迦の教えに無い』と。ただ思うのが、釈迦がどうのこうの言うけど、僧侶個人の哲学というか、考えみたいなものはないの?

 

 確かに、宗教と言うのは教祖の考えを後世に受け継いでいくものです。しかし、仏教では無常を唱えています。この世界には何一つとして移ろいでいかないものはない、と。ならば、仏教も変わっていくのが自然。なぜ釈迦の教えにしがみついているのか謎でした。

 

 事実、国境や海を渡り、教義自体も変化しました。

 

 俺の調べが正しければ、お釈迦様は生産活動を否定していたはずです。しかし、中国に仏教が持ち込まれると、生産活動を肯定するようになりました。それが日本にも届き、次第に『大乗仏教』として新たな仏教の姿が誕生した。

 

 また、真言宗の開祖である空海によって、『大日如来』という新たな概念が打ち出されました。それに、様々な宗派があるのだって、国や時代、人々によって教えの受け入れられ方が違うからでしょう。

 

 このように、仏教自体も無常なんです。しかし、核となる教えだけは変わっていない。それが、『真理』です。

 

 人知を超えたそれは、見方によって姿形が変わって見える。ある人にとってそれは一神教かもしれないし、多神教かもしれない。無神論もあるでしょう。宗教が違っても、見ている真理は同じなはずです。

 

 俺にとっての真理は、この世に神は在るということ。

 

 

bousan.sblo.jp

 

 

 

 『浄土真宗の思想とほぼ一緒』

 

 これだけはまさかの返事でした。文章力の問題かもしれません。上手く伝わらなかったのでしょう。

 

 上の記事には載っていませんが、メールによると「輪廻転生の否定は、仏教の修行自体を否定することになる」という趣旨が書かれていました。さすがに、そこまでは言っていません。

 

 俺は、修行自体を否定するつもりは無いんです。輪廻転生が無くとも、一切皆苦の世から脱する為に修行が必要だから。事実、俺は瞑想を続ける事によって苦しみから解放されたと実感しています。

 

 あともう一つ欲を言うならば、輪廻転生が存在するという論拠を示してほしかった。

 

 俺は上記の通り、色々と懐疑した上で、今の考えに辿り着いています。漠然とした思想を信じる事は出来ない。そう思った時、俺は自覚しました。自分が求めているのは哲学であって、宗教ではないのだと。

 

 宗教は教祖や開祖の教えを信じるのに対し、哲学は様々な疑いを続け、知を愛する学問です。

 

 俺は後者を好みます。ありきたりな表現を使いますが、一度きりの人生です。沢山の物事を知って、人生を謳歌したいものです。

 

 思考停止は嫌いです。誰かの教えを受け売りするだけなんて陳腐です。でも、仏教の勉強はもう少し続けてみようと思います。そこには、今の俺が知らない新たな世界が広がっていると思うから。

 

 なぜなら、座右の銘。知を愛する。なんて素敵な言葉でしょう。俺はこれからも色んな知識を得続ける人でありたい。

 

 そう思った一日でした。

 

えんとつ町のフリースクールは、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。