【お地蔵さん】人に罪をみるとき、あなたに罪がある。

お題「どうしても言いたい!」

 

 

 お釈迦様が入滅された後、次に仏様が現れるのは56億年後の弥勒菩薩とされています。末法の世を救う現在の仏様が地蔵菩薩だと考えられています。厳密に言うと菩薩とは修行中の人を指しますが、その姿は仏そのものです。今回はお地蔵さんについて書いていこうと思います。

 

地蔵菩薩本願経』によると、昔、インドに大変慈悲深い2人の王がいた。一人は自らが仏となってから人を救おうと考え、一切智成就如来という仏になった。だが、もう一人の王は先に人を悟りの境地に渡してから自らも悟ろうと考えた。それが地蔵菩薩である*1

 

 

 閻魔大王という地獄の裁判官がいます。人の死後、その人が犯してきた罪を浄玻璃という鏡で知り、それに応じた地獄へ落とす神ですが、日本では地蔵菩薩と同一視されています。

 

 地蔵菩薩とは不幸を自分に向け、幸せを他者に与えてくれる偉大な仏様です。そんな方が何故、他人を地獄へ送り込むのでしょうか?

 

 悪因悪果です。悪事を働けば地獄に向かいますし、善行を徹底していれば浄土に行ける。

 

 これは自然の摂理であって、新興宗教が唱える仏罰といったものとは混合しないように注意して下さい。僕は仏様が衆生に罰を与えるなんて思えません。

 

 なぜなら罰を与えるという事は、相手に罪があるという前提があります。ですが、その罪を見ているのは誰ですか?

 

 他でもない、その人自身です

 

 凡夫の心に罪があるのであって、仏様は人々に罪をみないのです。だから閻魔大王の姿をしたお地蔵さんは地獄へ来た人へこう判決を下すでしょう。「無罪」

 

 ただ、この話はかなり誤解を生みそうなのはわかっています。これを読んで「じゃあ現世で人を殺したり盗みを働いてもいいんだな!」なんて言いだす人がいそうですが、それは誤りです。

 

 そう考えてしまう人は自我がある証拠です。広大な心がある限り、その人は因果応報の報いを受ける事になります。だから仏教徒は無我の境地に至る為に修行をしているんです。

 

 邪悪な事を考えている限り、その人にとって世界は地獄になります。善事に勤めていれば、世界は天国となるでしょう。そして、二元論を捨て、心が安らぐようになれば、世界は極楽浄土です。

 

 だからこそ、自己中心的に生きるのではなく利他行に勤しむ事で人は苦から解放されるのです。

 

 他人を救うという事は、自分を助ける事になります。

 

 あなたの所有物はあなたの心だけです。それ以外の物は本来、誰のものでもないんだと思って生きてみてください。そして、その心すらも明け渡してみましょう。仏様に。

えんとつ町のフリースクールは、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。