僕が人の真似ばかりし続ける理由

お題「ひとりの時間の過ごし方」

 

 これは小学生の頃からやっている事です。僕は1人で家にいる間、人が喋っている映像を聴き続けています。松本紳助ガキの使いにけつなどです。

 

 ブログ名から察してもらえると思いますが、僕は蕎麦職人です。自分の店を持って長くやっていこうと考えたら、味だけでなく話術を鍛える必要があると思いました。

 

 師匠が社交的な人で、初対面のお客さんともすぐ仲良くなられますが、僕にはそれが出来ないから「客とも話せるようにならないと駄目だぞ」と言われています。

 

 僕は意識しないと自ら喋り出す事が難しいです。だからこそ、芸人のフリートークを聴きながら、「こうやって抑揚をつけるんだ」とか「間はこれくらい空けるもんなんだ」などを学ばないと一人前としてやっていけないと思います。

 

 味ももちろん大事ですが、お客さんとどれだけ仲良くなれるかも必要に思えます。師匠はもともと居酒屋で働いていた人ですが、常連の何人かは、そのお店に通われていた方です。

 

 僕は師匠から味だけでなく、そういう所も吸収しなければならないと思っています。「学ぶの語源は真似ぶだ」って聞いた事ありますか?

 確かに学ぶ事は真似する事だと思います。

 

 そして、もう一つ単語を紹介するなら守破離です。

 

師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。*1

 

 芸人や師匠の話し方を真似しながら、最終的には自分なりの語り口を持とうと思います。

 

 そうやってきたからか、このお店に来てから前よりも人と喋るようになりました。

 

 こないだはお客さんに16歳から蕎麦の修行を始めた話をしました。するとこう返されたんです。

 

 「あなたは若い頃から頑張ってこられたのねえ。うちの子より若いのに」

 

 本当は違うんです。僕は凄くありません。

 

 小学校高学年から学校を休みがちになって、中学校なんて1年も通っていません。高校だって1年足らずで中退しました。ここだけ切り取れば僕はただのトウヘンボクです。こんな話したって笑えません。また来たいと思ってもらえないはずです。だから、笑いを交えながら修行の話をしました。すると、さも若い頃から一生懸命努力してきた人かのように思われたんです。

 

  "16歳から修行"の時点でお客さんは僕が中卒だって察したと思います。でも上記みたいな話し方しても面白くないので、蕎麦の話にして笑いを誘った訳です。

 

 どう思われるかは話し方の問題なんだな、喋り方って大事なんだなあっていうのを、そのお客さんと喋ったことで改めで思いました。

 

 そのお客さんと喋って思い出したのは、松紳島田紳助が言っていた「一つの事にどれだけ詳しくなれるか。それをどう上手く話すか。他の事に関して知らなくても、それだけで相手の捉え方はかわる」という言葉でした。

 

 僕は一桁の足し算も悩むようなアホですが、蕎麦だけは自信があります。だから、これだけを究め続ける為に、僕は人の真似をし続けています。

 

 

 

 

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