僕が仕事を楽しいと思えるようになった理由

お題「起きて最初にすること」

 

 目覚めたら、まずは神への感謝です。僕は誰に頼まれた訳でもないのに今日も生きています。

 

 青空が美しい、飼っている犬が今日も可愛い、花が咲き誇っている。今日は死ぬに持って来いの日です。

 

 

 僕は眠る時、まさか明日も生きているなんて思っていません。このまま突然死してもいいように眠ります。

 

 寝る前に思うのです。今日も一日仕事を頑張った。いっぱい遊んだ。犬ともたわむれた。たくさん笑った。吸いたいだけタバコを吸った。やりたい事をやったから今日死んだっていいんだ。

 

 着たい服を身にまとい、大好きな仕事で汗を流した。僕の勤務先は神社。今日も神様の為に仕事をした。人生最後の日にはふさわしい一日でした。

 

 僕がこの仕事をするまでは、労働は苦痛でしかありませんでした。しかし、この考え方を変えてくれたのは、あるニヒリストがキッカケでした。

 

いろいろなことがどうでもよくなった時
人は無意味の中に放り出されて
何をやっても無に帰するので無駄だけど
何をやるのも無に帰するので許されるという
虚無ゆえの自由を手にします*1

 

 もちろん、ニーチェのように神は死んだとは思いません。交通事故をキッカケに神を信じるようになったからです。世界を神の悪戯と考え、この世に意味があるとは思いません。

 

 この思考に至ってからしばらくして、神様の元で仕事をできるようになりました。僕にとってこれは運命で、神様の為に生きるようになりました。よくわからない奴の言いなりになって「死にたい」を連呼していた過去とはおさらばです。

 

 メメント・モリ座右の銘とする僕にとって、仕事も娯楽です。厭世観には中指を立てましょう。今となっては卑屈だった頃が嘘の様です。でも、たまには嫌な事を考えたりしてしまいます。そういう時は自問自答するのです。

 

 今日死ぬかもわからないのに、なぜ嫌な事を考えるんだ?

 

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