見下されてる時、言えずにいること

 

 たとえどんなに優秀な人でも

行動を起こさなければ何も成せません
 
人生とは考えるだけではどうにもならないので
生きるとはすなわち
行動し続けることです
 
行動によって自分の人生が切り開かれていくのです*1

 

 

 僕は園児だった頃から小学校には行きたくないと言っていた。

 

 「なんで?」と訊かれたら「楽しくなさそう」と答えた。大人は単純に「楽しいところだよ」と言うけど、具体的にどう楽しいのかは言わなかった。でも、通いだしてみると友達が出来て楽しかったのは事実。

 

 だけど、小5くらいからまた行くのが嫌になった。本当のところ、今でも何で学校に居るのが嫌だったのかはわからない。多分、先生や同級生から否定される毎日から逃げ出したかったんだと思う。

 

 確かに僕は色々と出来ない奴だった。運動も出来ないし勉学なんて言うまでもない。でも、僕は絵が描けた。興味のない授業を聞かされている間、プリントや教科書、自由帳にも何かしら描き続けて周りに怒られていたのを思い出す。

 

 この出来事は、僕にとって後悔するものではない。なぜなら、こうやってしたい事をし続けたおかげで、絵画コンクールで金賞を取ったからだ。

 

 今まで僕を否定していた教師や同級生は「すごいね!」なんて言うけど、内心「僕の邪魔をしてきたのはお前らじゃねえか」なんて思っていた。僕は誰に褒められるでもなくやりたい事をやっていたから、こうやって成果が出ただけ。

 

 卒業式の日になってみると、「なんやかんや言って小学校は楽しかったな」と思えた。なのに中学に行くと「やっぱり無理だ」と思って学校に行く事をやめた。

 

 小学生の頃は大人に強く言われると言い返せなくて言いなりになっていたけど、中学生にもなると頑固に登校拒否を貫いた。

 

 周りはただしつこく「学校に来い!」というけど、僕には行く理由がない、むしろ行きたくない理由があるので無視し続けた。だけど、とある大人だけは言う事が違った。

 

 「学校に行きたくないなら仕事くらいはしろ。どっちもしないっていうのは駄目だぞ」

 

 当時、いや今でも珍しく中学生を雇ってくれる人だった。しかもロクに学校へ通わないトウヘンボクを。僕はホントに嬉しかった。

 

 同級生が「歴史の授業とか必要ないわ~」なんて言いながら無駄だとわかってる時間を消費している中、僕は労働をして対価を得ているんだ。そう思うと他の奴等と違って有意義な時間の使い方をしているって思い込めた。

 

 自分は周りとは違うんだって信じきっている中、悪い意味で違う事ができた。出来損ないの僕に、さらに出来ない事が一つ増えていた。それは、喋ったり人の眼を見たりする事。

 

 小学生の頃はまだ明朗に人と会話していたのに、中学生になって人と会う事を拒否し続けていたら、人として当たり前の事もしない、ただの偏屈に成り下がっていた。いや、元からそうだったんだけどその事実を自覚した。そういう時期だった。

 

 僕が変わろうとして始めたのは乗馬だった。小学生の時に報道番組でみたアニマルセラピーに関心があったので、自らの意思で受けてみる事にした。数ある動物の中から乗馬を選んだのは、親が競馬好きだった影響だ。

 

 だから仕事をいったん止めさせてもらって、学校も行かずに、家にも帰らずに、僕は毎日のように朝から晩までずっと馬に乗り続けた。

 

 乗馬クラブに泊まりこむ毎日のおかげで、いつの間にか人と喋れるようになった。完全にではないけど、前よりはマシに。

 

 こんな生活を2年も続けたおかげで、僕は乗馬ライセンス1級を取る事が出来た。

 

 結局、中学校に1年も行かなかったと思う。でも、嫌々通い続ける苦痛の3年より、したい事をし続けた2年間の方が有意義だったと思い続けてる。

 

 僕がこの次に出会ったのは神様と蕎麦。ここから先の人生は別の記事に書いた。

 

juliajewelkali.hatenablog.com

 

  僕はこういう人生を歩んできたから、人から馬鹿にされる事はよくある。でも、見下されてる時言えずにいること、それは「僕はしたい事をし続けてきたんだ。ほっといてくれ!」

 

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