悟りって何か考えてみませんか?

お題「自由研究」

 

 

 

 

 
 クリシュナムルティは「神からも自由であれ」と言ったそうだ。僕の記憶が正しければ、サットサンで神を否定していたし。
 僕はこの人の思想を知らないが、一つ興味深い事を言っていた。
 

 神智学協会の会長であっアニー・ベサントは、クリシュナムルティを長とする教団を設立したが、崇拝者に囲まれたクリシュナムルティはその状態を喜んでいなかった。彼の真意は宗教的教義のようなものとは縁がなく、「真理は権威者を必要とするものではなく、まして集団に属するものではありえない」というものであった。

初めのうちこそ教団の長をしていたクリシュナムルティだったが、徐々に協会構成員の幻惑・錯覚や、教団追従者の盲信に幻滅し始め、これを正すべく、いかなる宗教的教義や権威も信じていないとはっきり宣言するに至る。

そしてついに1929年8月2日、3,000人あまりの団員がいた自らの教団を解散した。この解散にあたりクリシュナムルティは「宗教組織や組織的な活動によって真理に到達することは不可能である。自分は追随者は望まない。永遠を見つめ、真に生き、何の束縛も受けない自由な人間がいてくれれば充分である」という旨の宣言を行っている。この折の、「真理はそこへ至る道のない土地である(Truth is pathless land)」というフレーズはあまりにも有名である。*1

 

 組織に属していたからといって真理を悟る事は出来ない。この事について同じ事を言った、もう一人を知っている。それが僕のグル、ムージである。

 

 

 
 
 
 
 仏教徒になれば、キリスト教徒になれば、悟れる訳じゃない。他人が修行したからって貴方の成果にならない。悟りは個人の問題なので、貴方がいかに真理を求めるかが重要なのである。
 因みに、この場合、「私」は体ではないし心でもない。これがわかった人は言うだろう。悟る「私」は存在しないと。
 
 
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